ふたつ名の令嬢と龍の託宣
「ああ、問題ない」

 ジークヴァルトはそっけなく言うと、リーゼロッテを長椅子に座らせて、自分もその横に腰かけた。先ほどエマニュエルが淹れた紅茶を手に取ろうとして、ジークヴァルトはそのまま手を引っ込める。

 それを不思議に思って見ていると、マテアスが何も言わずにジークヴァルトの執務机に置いてあった冷めた紅茶を目の前に置き、淹れたての紅茶を下げていった。その冷めた紅茶をジークヴァルトはすぐさま手に取ったかと思うと、ぐいっと一気に飲み干した。

(そうか。猫舌なんだわ、ヴァルト様は)

 言われてみれば王城でもジークヴァルトは、カイの淹れた紅茶にすぐ手を付けようとしなかった。

(まさに阿吽の呼吸ね)

 熟年夫婦のようなふたりのやりとりを目の当たりにして、リーゼロッテはそんなことを思った。

 マテアスとジークヴァルトの距離感は、エラとリーゼロッテのそれと似ていた。ふたりも少なくない時間をともに過ごしてきたのだろう。そう思うと、リーゼロッテは自然に口元をほころばせた。

 空になった紅茶のカップを下げると、マテアスは今度は山のような書類をジークヴァルトの前にどさりと置いた。

「さあ、旦那様。そちらにお座りになったままで結構ですから、じゃんじゃん仕事を片付けてくださいね」

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