ふたつ名の令嬢と龍の託宣
 そのことをエラが話すと、マテアスは足を止めて少し考えるそぶりを見せた。

「ではエラ様」

 おもむろにマテアスはエラの手を取った。

「エデラー男爵様が爵位を返上されましたら、すぐさまわたしにご報告いただけますか? もちろん、リーゼロッテ様の次、二番目でかまいません。そのときは敬称を取ってお呼びすることをお約束いたします」

 静かな口調に変化はなかったが、マテアスの真っ直ぐな瞳になぜかエラは一歩後退した。その分マテアスも一歩詰めてくる。

「よろしいですか? 約束ですよ? リーゼロッテ様の次、二番目に、必ず、わたしに、ご報告くださいね?」

 一歩また一歩と詰められて、気づくとエラは廊下の壁まで後退していた。目の前にはエラの手を取り笑みを崩さないマテアスがいる。つり目の細目で困り眉の頼りなさげな顔をしている男は、その青い瞳にどこか有無を言わせない雰囲気を(まと)わせていた。

「わかりました。お約束します」

 マテアスは公爵の片腕として領地経営の重要な仕事を(にな)っているらしい。きっとできる男なのだ。機嫌を(そこ)ねるのは得策ではない。

 エラはいずれ公爵の妻となるリーゼロッテの侍女だ。今はダーミッシュ伯爵に雇われているが、リーゼロッテが嫁げば自分も公爵家に仕えることになるだろう。その侍女が貴族か平民かで今後の雇用条件がかわるのかもしれない。

 父が爵位を返還するのがどのタイミングかはまだわからないが、きっとマテアスはそういったことを心配しているのだろう。青い瞳を見つめながら、エラはこくこくと頷いてマテアスに了承の意を示した。

 その反応に満足したのか、マテアスはエラの手を離した。

「では参りましょうか」

 何事もなかったようにマテアスは再び歩きだした。時折すれ違う使用人たちに腰を折られて、エラはやはり恐縮してしまう。結局は自分が好かれる理由はよくわからないままだ。人生最大のモテ期到来に、戸惑いを隠せないエラであった。

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