ふたつ名の令嬢と龍の託宣
「当面の執務は、居間に仮の場所を作りますかな」

 エッカルトは涼しい顔でジークヴァルトに向き直った。

「旦那様の自室という手もございますが」

 試すような口調でエッカルトはジークヴァルトを見た。

 ジークヴァルトは幼少期から、自分の部屋に力を注いできた。それこそ毎日のように注ぎ込まれた力は、今では異形の者に対して鉄壁の防御となっている。

 これは常に異形に狙われているジークヴァルトの身を護る手立てであったが、将来的に別の大きな意味も持っていた。

 要は、安心して眠るためというだけでなく、異形に邪魔されることなく気兼ねなく子作りに励めるように、ということだ。

 子供の頃から言われるがままに自室に力を注いできたジークヴァルトだったが、これに意味があるのかとずっと疑問に思っていた。

 異形の者に狙われ続けてきたジークヴァルトは力が磨かれ、眠っていても異形をよせつけないくらいの実力が、十歳の頃にはすでに備わっていたからだ。

 部屋に力を注ぐ意味はもうないのではないかと、一度だけ父であるジークフリートに問うたことがあった。大人になればわかるとだけ言われて、そんなものかと今に至っていたのだが。

 リーゼロッテに再会してからというものの、ジークヴァルトは自発的にせっせと部屋に力を注ぎこんでいた。そのことをエッカルトたちに、とてもとても生温かい目で見守られていることに、ジークヴァルトは気づいていない。

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