ふたつ名の令嬢と龍の託宣
◇
ジークヴァルトはその時、自室で領地の書類仕事を片付けていた。
仮の執務室の準備が整うまではと、問答無用で部屋に書類が送り届けられている。もちろんマテアスの手によってだ。
マテアスは騒動の後処理にかかりきりで、山盛りの政務はジークヴァルトひとりに託された。
自室で仕事をするのはとても気が滅入る。ジークヴァルトにとって、ここは何も考えないでいられる唯一の場所だった。
従者であるマテアスと、掃除のためにやってくるロミルダ以外は、自室に他人が入ることはほとんどない。
窓もない簡素な部屋だ。
存在感のある大きな寝台に、二人掛けのソファとテーブル、壁際に置かれた背の低い棚。その上に飾られた一枚の肖像画。
ジークヴァルトはソファに腰かけたまま、正面の壁にかかる絵を見上げた。
そこには緑色の大きな瞳に蜂蜜色の金髪をなびかせた、幼い少女が描かれている。見た者がつい頬を緩ませてしまうようなとても愛らしい少女だ。
光り輝くような笑顔をこちらに向け、まるで少女が自分に笑いかけているような錯覚に陥る。
ジークヴァルトが五歳になった日に、未来の花嫁だと言ってエッカルトがこの肖像画を持ってきた。それ以来この絵は自室の壁に飾られている。
絵の中の少女と見つめ合う。
初めて出会ったあの日、彼女は絵と同じ緑の瞳を見開いて自分をじっと見返していた。肖像画の少女が目の前にいることに、ジークヴァルトは不思議な気分になった。
絵の中の笑顔とのギャップに、戸惑ったのを憶えている。驚いた顔の後、彼女はずっと泣いていたから。
二度目に会ったのは王妃主催の茶会の席だ。あの緑の瞳を見間違うなどあり得なかった。
彼女を再び目にしたときに感じたのは、やはり大きな戸惑いだった。だが今思うと、あの時感じたあれは、狂おしいほどの歓喜だったのではないだろうか。
ジークヴァルトはその時、自室で領地の書類仕事を片付けていた。
仮の執務室の準備が整うまではと、問答無用で部屋に書類が送り届けられている。もちろんマテアスの手によってだ。
マテアスは騒動の後処理にかかりきりで、山盛りの政務はジークヴァルトひとりに託された。
自室で仕事をするのはとても気が滅入る。ジークヴァルトにとって、ここは何も考えないでいられる唯一の場所だった。
従者であるマテアスと、掃除のためにやってくるロミルダ以外は、自室に他人が入ることはほとんどない。
窓もない簡素な部屋だ。
存在感のある大きな寝台に、二人掛けのソファとテーブル、壁際に置かれた背の低い棚。その上に飾られた一枚の肖像画。
ジークヴァルトはソファに腰かけたまま、正面の壁にかかる絵を見上げた。
そこには緑色の大きな瞳に蜂蜜色の金髪をなびかせた、幼い少女が描かれている。見た者がつい頬を緩ませてしまうようなとても愛らしい少女だ。
光り輝くような笑顔をこちらに向け、まるで少女が自分に笑いかけているような錯覚に陥る。
ジークヴァルトが五歳になった日に、未来の花嫁だと言ってエッカルトがこの肖像画を持ってきた。それ以来この絵は自室の壁に飾られている。
絵の中の少女と見つめ合う。
初めて出会ったあの日、彼女は絵と同じ緑の瞳を見開いて自分をじっと見返していた。肖像画の少女が目の前にいることに、ジークヴァルトは不思議な気分になった。
絵の中の笑顔とのギャップに、戸惑ったのを憶えている。驚いた顔の後、彼女はずっと泣いていたから。
二度目に会ったのは王妃主催の茶会の席だ。あの緑の瞳を見間違うなどあり得なかった。
彼女を再び目にしたときに感じたのは、やはり大きな戸惑いだった。だが今思うと、あの時感じたあれは、狂おしいほどの歓喜だったのではないだろうか。