ふたつ名の令嬢と龍の託宣 -龍の託宣1-
 廊下の向こうからエマニュエルが足早に寄ってきた。

「ヴァルト様がいないんです!」

 咄嗟(とっさ)のようにエマニュエルの肩を掴んだその手は、小刻みに震えていた。ただならぬマテアスの様子に、エマニュエルは形のいいその唇をきゅっと引き結んだ。

「落ち着きなさい、マテアス。あなたがそんなに動揺していては、みなに示しがつかないわ」

 はっとしたようにマテアスが顔を上げる。肩を掴んでいた手を離し、マテアスはすっと姿勢を正した。

「お見苦しいところをお見せしました。エマニュエル様」
「一体何があったというの?」
「自室で執務中に、旦那様の行方がわからなくなりました。厩舎や書庫など、行きそうな場所はあたったのですが……」
「息抜きに出られたのではなくて?」
「部屋に鍵は掛けられておりませんでした」
「そう……確かにそれはおかしいわね」

 エマニュエルは少し考え込んだ後、はっとしてマテアスの顔を見た。

「先ほどリーゼロッテ様のお部屋に旦那様の守護者が現れたわ。それが何か関係あるのかもしれないわね」
「ヴァルト様の守護者が?」
「ええ。どうやらリーゼロッテ様は旦那様の守護者が視えるようなの。会話もなさっていたわ」

 マテアスが驚いた様子でエマニュエルを見つめ返した。

「あの守護者はどうもいたずら好きのようね。ディートリンデ様も以前、無邪気な子供のようでそれがかえって腹が立つとおっしゃっていたし……今回も何かあったのかもしれないわ」
「無邪気な守護者、ですか……」
「とりあえずリーゼロッテ様のお部屋に行ってみましょう。――大丈夫よ、マテアス。旦那様はお強くなったわ。昔の、幼いままのヴァルト様ではないわ」

 言い聞かせるようなエマニュエルの言葉に、マテアスはすがるような気持ちで頷いた。

< 530 / 678 >

この作品をシェア

pagetop