ふたつ名の令嬢と龍の託宣
「あのっ、ヴァルト様。ハルト様はわたくしのためにヴァルト様をこちらにお呼びになったのです。ですからそのように怒らないでくださいませ」

 ジークヴァルトの腕の中で、ほぼ真上を見ながら懇願(こんがん)する。

 しかし守護者をかばうようなリーゼロッテの言葉に、ジークヴァルトの口はムッとへの字に曲がっただけだった。

『そうそう。気を利かせて呼んだんだからそんな怒らないでよ』

 ジークハルトのおちゃらけた様子に、益々剣呑な顔つきになったジークヴァルトはぎりっと歯噛みした。本気で怒っている様子のジークヴァルトに、リーゼロッテは半ばパニック状態になっていた。

(どうしよう! わたしのせいだわ)

 こんなにも怒りを露わにしているのだ。ジークヴァルトはしゃれにならないくらい本気で忙しいのだろう。そんな時にいきなり呼びつけられて腹を立てるのももっともな話だ。
 ジークハルトにカークの話など振らなければよかった。リーゼロッテは心から後悔していた。

「ヴァルト様、わたくしが悪いのです!」

 ジークヴァルトは守護者を睨みつけたままこちらを見ようともしない。リーゼロッテは演技でもなく本気で涙目になっていた。

「わたくしの我が儘でお忙しいヴァルト様をお呼びしてしまったのです! ハルト様に悪気があった訳ではないですわ!」

 それでもジークヴァルトはジークハルトを睨みつけたままだ。

 こちらに意識を向けさせようとジークヴァルトのシャツを掴み、リーゼロッテは必死にぐいぐいと引っ張った。握りしめる手に力が入り、掴んだシャツはもうくしゃくしゃだ。

「ヴァルト様、わたくしなんでも致しますから、どうかもう怒らないでくださいませっ」

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