ふたつ名の令嬢と龍の託宣
 その言葉にジークヴァルトは反射的に真下を見やった。

 シャツを掴んだリーゼロッテが潤んだ瞳で見上げている。自分の手はリーゼロッテの肩に置かれ、彼女を胸に抱きよせている状態だ。

 わたくしなんでもいたします……わたくしなんでも……なんでも……なんでも……

 ジークヴァルトの頭の中で、リーゼロッテの言葉がリフレインする。

 真下を向いたジークヴァルトは、真上を見上げたリーゼロッテと、密着したままおよそ三十秒は無言で見つめ合っていた。

 その時ジークヴァルトの脳内では、リーゼロッテが潤んだ瞳で懇願する様が駆け巡っていた。服をはだけたあられもない格好でリーゼロッテが自分の名を呼び、なんでもするとしなだれかかってくる。

 部屋の空気がざわりとした瞬間、ジークヴァルトははっと我に返った。

 その青い瞳は次第に驚きの色を含んでいき、ジークヴァルトは肩を掴んだ手に力を入れて、乱暴にリーゼロッテをその体から引き離した。

「馬鹿なのかお前は!」

 目の前で本気で怒鳴られたリーゼロッテは、思わずジークヴァルトのシャツから手を離した。ジークヴァルトは信じられないものを見るかのようにリーゼロッテを凝視している。

「あ、あの、ヴァルト様……」
「馬鹿だろうお前は! 何でもするなどと軽々しく!」

 なんだかわからないが、ジークヴァルトの逆鱗(げきりん)に触れてしまったらしい。痛いほど肩を掴まれて、リーゼロッテは祈るように胸の前で手を組んできゅっと身をすくませた。

「そこまでになさいませ、旦那様」

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