ふたつ名の令嬢と龍の託宣
    ◇
「それで、リーゼロッテ様は旦那様に『何でもするから怒らないでくれ』と、そうおっしゃったのですね?」

 確かめるように聞き返すと、リーゼロッテはこくりと頷いた。エマニュエルは大げさにため息をつく。何でもするなど、下心がある男の前では言ってはならない言葉の中でも上位の台詞だ。

(旦那様がお声を荒げるのも無理はないわね)

 目の前のリーゼロッテは審判を待つ罪人のごとく、神妙な面持(おもも)ちをしている。

「わたくしが全て悪いのです。お忙しいヴァルト様に迷惑ばかりおかけしてしまって……」
「リーゼロッテ様。旦那様がお怒りになったのはそこではありません」

 エマニュエルはリーゼロッテの危うさに、正直困惑していた。

 日常リーゼロッテと接していると、疑問に思うことが多々あった。なぜこの令嬢はこんなにも自己評価が低いのだろうかと。

 伯爵家の令嬢ならば、もっと居丈高(いだけだか)に振舞ってもおかしくないのだが、リーゼロッテはとにかく腰が低い。我が儘なことは何一つ言わないし、自分さえ我慢すれば丸く収まるだろうと思っている節さえ感じられる。

「リーゼロッテ様、不敬を承知で申し上げます」

 エマニュエルの厳しい口調にリーゼロッテは居住まいを正した。

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