ふたつ名の令嬢と龍の託宣
「恐らく旦那様がお(とが)めになったのは、リーゼロッテ様の“何でもする”などという軽率なお言葉です」

 リーゼロッテはエマニュエルの真意がいまいち理解できなかったが、黙ったまま深く頷いた。

「よろしいですか? リーゼロッテ様。何でもするなどと気軽に言って、もしも相手に今この場で服を脱いで裸になれと要求されたらどうなさいますか?」
「え?」

 リーゼロッテは驚いたように顔を上げた。その反応にエマニュエルは、危機感がまるでないリーゼロッテに心の中で嘆息した。

「実際に旦那様がそのようなことを言うなどとは申しません」

 心の中ではわからないが。エマニュエルはそんなことを思いながらも、神妙な顔のまま言葉を続けた。

「しかし、世の中にはいい人間ばかりではないということです。旦那様が危惧(きぐ)なさったのはまさにそのことでございましょう。安易に軽率なお言葉を口になさるのは避けるべきだと、リーゼロッテ様はお思いになられませんか?」

 大事に守られてきた深窓の令嬢だ。今までだったらやさしいお嬢様で済んだだろう。しかし彼女は間もなく社交界デビューを果たす。こんな迂闊(うかつ)な発言をほいほいするようでは、確実に悪い(やから)餌食(えじき)になるのは目に見えている。

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