ふたつ名の令嬢と龍の託宣
 思いもよらならなかった叱責(しっせき)を受けて、リーゼロッテは言葉を失っていた。日本にいた頃の事なかれ主義の八方美人な感覚では、貴族としてはやってはいけないのだ。

 短慮な発言で言質(げんち)を取られてしまったら、ダーミッシュ家や公爵家にも迷惑がかかることになるだろう。自分の立場をわきまえて言動に気を配ることは、貴族として当然のことだった。

「エマ様。わたくしが浅慮でしたわ。以後十分に気をつけます……」

 しゅんとしてリーゼロッテはうつむいた。年上とはいえ下位の者からこうも厳しく言われて、通常の令嬢ならば怒り狂ってもおかしくはない。しかしリーゼロッテの態度は一貫して平身低頭だった。

「わかっていただけたなら何よりですわ」
「エマ様。わたくしどうしようもないくらい世間知らずなのです。至らないことがあったら、すぐに教えてくださいませ」

 お願いいたしますと懇願するように頭を下げる。エマニュエルは慌ててそれを制した。

「リーゼロッテ様。下の立場の者に安易に頭を下げるのはいけませんわ。外では決してなさいませんよう」
「申し訳ありません!」

 早速の教育的指導に、リーゼロッテは条件反射のように頭を下げてしまう。筋金入りの腰の低さに、エマニュエルは苦笑するほかなかった。

「ですからそのように謝ってはなりません」
 ますます恐縮した様子のリーゼロッテに呆れながらもエマニュエルは、自然と口元に笑みが浮かんでしまった。

「リーゼロッテ様……どうか……旦那様をお嫌いにならないでください……」

 ふとこぼれるように言葉が出る。

 あれほど取り乱して怒りを露わにするジークヴァルトなど、今まで唯の一度も見たことがない。だが、こんなにも無防備なリーゼロッテに、危機感を覚えたのだろう。それこそ声を荒げてしまうほどに。

 どうか、彼の真意を分かってほしい。エマニュエルは懇願するような視線をリーゼロッテに向けた。

「もちろんですわ、エマ様。ジークヴァルト様がおやさしいのは十分にわかっておりますし、今回の件はわたくしが嫌われても仕方ないくらいですもの」
「旦那様がリーゼロッテ様をお嫌いになるなんて、天地がひっくり返ってもあり得ませんわ」

 きっぱり言い切るエマニュエルに、リーゼロッテは首をかしげて曖昧な笑みを返した。

 どうやったら主人の恋心はリーゼロッテに届くのだろう。リーゼロッテは託宣の相手のはずなのに、龍の怠慢なのではないか。エマニュエルは心の中で再びため息をついた。

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