ふたつ名の令嬢と龍の託宣
 仮の執務室である居間の扉を開け、近くの使用人に紅茶を用意するように声をかける。同じ(てつ)()むものか。主とリーゼロッテを二度とふたりきりにはすまいと、マテアスは固く胸に誓っていた。

 異形にひっくり返されて散々になった執務室は、八割がた元に戻っている。

 マテアスは頑張った。公爵家の品位を損なわず、最短かつ予算を最低限にとどめるように、公爵家の家令を継ぐ者としてここ数日最善を尽くした。

 呪いなどに負けるものか。人脈・人徳・権力、持てる能力をフルに使って、不眠不休で尽くして尽くして尽くしきったのだ。あとは修復を頼んだものが戻るのを持つのみだ。我ながら仕事ができる男だ。

 自画自賛しなければ、誰も褒めてくれなどしない。別に褒めてもらうためにやっているわけではないのだが、まあ、モチベーションの問題だ。

 やりきった満足感で、マテアスの気分はいつになく高揚していた。

「さあ、旦那様もこちらで休憩なさってください」

 リーゼロッテに紅茶をサーブしながら、マテアスは上機嫌で主に声をかける。おもむろに手を止めて、ジークヴァルトは不承不承(ふしょうぶしょう)(てい)でリーゼロッテの隣に腰かけた。

(本当はうれしいくせに)

 そう思いながら、ジークヴァルトには先ほど淹れてあった冷めた紅茶を提供した。

< 546 / 678 >

この作品をシェア

pagetop