ふたつ名の令嬢と龍の託宣
「リーゼロッテ様は先ほどお手から力が放たれていましたね」
「ええ、驚いた瞬間に飛び出したの。力を出そうと思って出したわけでは」
「あーん」
「………」

 言葉の途中で差し出された菓子を目の前に、リーゼロッテが固まった。なんとも空気を読まない主である。だが今日のマテアスは機嫌がいいので、あえて主の愚行を見逃すことにする。

 ジークヴァルトの顔を恨みがましそうにちらりとみやって、リーゼロッテはぱくりとそれを口にした。

 リーゼロッテがもぐもぐしているうちに、ジークヴァルトが二つ目のクッキーに手を伸ばそうとする。咄嗟(とっさ)にリーゼロッテはその手首を掴み、涙目でふるふると首を振った。

 淑女らしからぬ振る舞いであったが、リーゼロッテも必死なのだろう。クッキーを飲み下すと、リーゼロッテは懇願するようにジークヴァルトを仰ぎ見た。

「ヴァルト様。クッキーは自分できちんと食べますので、その、あーんは一日一回までにしていただけませんか?」

 リーゼロッテ的には羞恥に耐えかねて全面廃止の方向にもっていきたいのだが、一度エッカルトに相談したときに、せめて一日一度だけでもあーんを受け入れてほしいとさめざめと泣かれてしまったのだ。あんなにやさしいおじいちゃんに泣かれては、いやだとは言えるはずもない。

 手首を掴んだまま返答を待つリーゼロッテを、ジークヴァルトは無言でじっと見つめている。見つめ合った状態でしばらくの間、部屋は無音が続いた。

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