ふたつ名の令嬢と龍の託宣
 王族主催の夜会で王太子が踊らないとなると、物議を醸すのは目に見えている。だが、そんなことは些事(さじ)だった。

 その方が気が楽だったし、何より今回の白の夜会には、アンネマリーもデビュタントとして出席する。
 顔を合わせないでいることは恐らく無理だろう。白の夜会で社交界デビューを果たす者は、全員もれなく王族に挨拶をするしきたりだった。

 最後に会った日の彼女の顔が目に焼き付いて離れない。ハインリヒは無意識に唇を噛みしめた。

(わたしは彼女をひどく傷つけた――)

 もっと穏便に済ませる方法はあったはずだ。王太子として、今までやってきたように、それができて当然だった。それなのに、あの日、自分を律することができなかった。

 いつか彼女に触れてしまう。ハインリヒはそんな自分に恐怖した。

(――アンネマリー……)

 自分にはもう、その名を呼ぶ資格などありはしない。分かっている。分かっているのに、気づくとあの日の彼女が脳裏に浮かぶ。今にも泣きそうな彼女の顔が。

 自分の弱さゆえに、彼女をいたずらに傷つけたのだ。殿下の庭で見たあの愛おしい笑顔を、自分は二度と取り戻せないだろう。

 雑念を振り払うかのように、ハインリヒはぎゅっとまぶたを閉じた。しばらく息を詰めてから、大きく息を吐く。

「どのみち、カイを王城にとどめておけるのは、白の夜会までだ。夜会後ヴァルトには、通常通りわたしの警護に戻ってもらう」
「ああ、わかっている」

< 562 / 678 >

この作品をシェア

pagetop