ふたつ名の令嬢と龍の託宣
このところずっと、ハインリヒが何かに思い悩んでいるのはジークヴァルトも承知はしていた。だが、自分に話して解決できる程度の事ならば、とっくにハインリヒ本人がどうにかしているだろう。
そう思うと、本人が口にしない以上、ジークヴァルトが立ち入るべきことではなかった。
カイの方がよっぽど事情を知っている様子だったが、やはりカイもハインリヒに何を言うでもなく、いつも通り接していた。
夏の終わりを告げる雨が、静かに降り始めた。窓をたたく雨音が次第に強くなっていく。
王太子の執務室には、雨音をBGMに書類を捲る音と紙を滑るペンの音だけが、しばらくの間響いていた。
その静寂を破ったのは、コンココンという扉をノックする音だった。この軽い感じはカイだ。
「ハインリヒさま―、入りますよー」
案の定、誰何する前にカイは遠慮もせずに王太子の執務室に入ってきた。
「今日は朗報をふたつ持ってきましたよ。まずひとつ、この雨で午後からの公務は取りやめになりました」
弾むような声のカイに、書類仕事の手を止めぬままハインリヒは「そうか」とだけ返した。
公務がなくなって喜ぶ王太子はどうかと思うし、今日は女性のいない場所での公務だった。カイにしてみれば朗報だろうが、ハインリヒにとっては外での公務が室内での書類仕事に変わるだけだ。
「もうひとつは、王妃殿下がおなりですよー」
「は……? 義母上がおなり?」
書類に滑らせていたサインの途中で手が止まり、ハインリヒはぽかんとした表情で顔を上げた。
「はい、隣の応接室でお待ちです」
しばらく絶句した後、ハインリヒは苦虫をかみつぶしたような顔で立ち上がった。
「先にそれを言え」
インクが滲んでしまった書類が目に入り、出そうになったため息を無理矢理飲み込んでから、ハインリヒは隣の王太子専用の応接室へと足を向けた。
そう思うと、本人が口にしない以上、ジークヴァルトが立ち入るべきことではなかった。
カイの方がよっぽど事情を知っている様子だったが、やはりカイもハインリヒに何を言うでもなく、いつも通り接していた。
夏の終わりを告げる雨が、静かに降り始めた。窓をたたく雨音が次第に強くなっていく。
王太子の執務室には、雨音をBGMに書類を捲る音と紙を滑るペンの音だけが、しばらくの間響いていた。
その静寂を破ったのは、コンココンという扉をノックする音だった。この軽い感じはカイだ。
「ハインリヒさま―、入りますよー」
案の定、誰何する前にカイは遠慮もせずに王太子の執務室に入ってきた。
「今日は朗報をふたつ持ってきましたよ。まずひとつ、この雨で午後からの公務は取りやめになりました」
弾むような声のカイに、書類仕事の手を止めぬままハインリヒは「そうか」とだけ返した。
公務がなくなって喜ぶ王太子はどうかと思うし、今日は女性のいない場所での公務だった。カイにしてみれば朗報だろうが、ハインリヒにとっては外での公務が室内での書類仕事に変わるだけだ。
「もうひとつは、王妃殿下がおなりですよー」
「は……? 義母上がおなり?」
書類に滑らせていたサインの途中で手が止まり、ハインリヒはぽかんとした表情で顔を上げた。
「はい、隣の応接室でお待ちです」
しばらく絶句した後、ハインリヒは苦虫をかみつぶしたような顔で立ち上がった。
「先にそれを言え」
インクが滲んでしまった書類が目に入り、出そうになったため息を無理矢理飲み込んでから、ハインリヒは隣の王太子専用の応接室へと足を向けた。