ふたつ名の令嬢と龍の託宣
 ぽつりぽつりと雨足が強くなっていく。エマニュエルに促されたリーゼロッテは、急激に強まった雨にジョンへ声をかける暇もなくその場を離れた。

 急ぎ足で屋敷の中に入ったが、着ていたドレスはぐっしょりと濡れてしまった。前髪からもぽたぽたと滴が落ちて、乾いた床に黒いシミを作っていく。

 ふと窓から外を見ると、バケツをひっくり返したような雨の中、ジョンが同じ場所で膝を抱えてうずくまっているのが目に入った。

(あのままでは風邪をひいてしまうわ)

 異形のジョンに、リーゼロッテはそんなことを思った。

(せめて傘があればいいのに――)

 そう思った瞬間、リーゼロッテの体から緑色の力が立ち昇った。

 視界の悪い豪雨の中、枯れた木の枝に濃密な緑が絡みついていく。それはまるで生い茂る葉のように木々全体に広がった。
 すべてを覆いつくすように。哀しい異形を雨から守るように。

 リーゼロッテは何が起きたのか理解ができず、呆然とその景色をただ見つめていた。

 今までずっとしゃがんだままだったジョンが、不意に緩慢(かんまん)な動きで立ち上がる姿が目に映った。ジョンは何かを確かめるようにじっと上を見上げた。そして、ゆっくりとこちらを振り返る。

 リーゼロッテはジョンと目が合ったように思った。鼻先まで伸びた前髪がふわりと舞いあげられ、そこから覗いたさみしげな瞳。そして額に光る、仄暗い赤い輝き――。

 滝のような雨に景色がぼやける中で、それだけがやけに鮮明に映った。

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