ふたつ名の令嬢と龍の託宣
 マテアスが大きく息をついたその時、執務室の扉のノックが来訪者を告げる。マテアスが扉を開けると、紅茶を用意したエラが緊張した面持ちで立っていた。

「エラ様、いいところにいらっしゃいました」

 にこりと笑ってマテアスはエラを執務室へと招き入れた。

「お茶をお持ちしました。遅くなって申し訳ありません」

 公爵家の執務室に足を踏み入れるのは、エラは初めてのことだった。慎重に紅茶のセットを乗せたワゴンを押して入る。
 周りにいた小鬼たちはエラが近づくと、慌てて蜘蛛の子を散らすように逃げていく。エラの周囲だけ、ぽっかりと異形のいない空間ができていた。

「……まあ! お嬢様……!」

 目に入った光景に、思わず声がもれ出てしまった。

 リーゼロッテはジークヴァルトの膝の上で横抱きにされていた。しかもジークヴァルトの手はリーゼロッテの頬に添えられている。

(お嬢様っ、ラブラブ!? ラブラブなの!?)

 エラは頬に手を当てて赤面した。

 そんな様子のエラに気づき、ぽけっとしていたリーゼロッテは我に返った。自分の頬に添えられたままだったジークヴァルトの手を咄嗟に外して、慌てたように体を起こす。

「ち、違うのよエラ。わたくし、おなかが空いて力が抜けてしまったの。だからヴァルト様にクッキーを食べさせてもらっていたのよ」

 それも令嬢としてどうなんだと言うところであったが、リーゼロッテのことを誰よりも把握しているエラはさっと表情を改めた。最近、お嬢様がお腹を空かせて倒れることはなかったが、病気はまだ完治してないのだ。

 エラは異形の者や浄化の力にまつわるトラブルは、すべて病気のせいだと思っている。公爵家に来たのも、リーゼロッテの治療のためだと聞かされていた。

< 602 / 678 >

この作品をシェア

pagetop