ふたつ名の令嬢と龍の託宣
「あの、ヴァルト様。わたくしもう大丈夫ですわ」

 リーゼロッテが上目遣いでそう言うと、ジークヴァルトは一拍置いてから、リーゼロッテをひょいと抱え上げて隣のソファへとそっと降ろした。

「エラ様、せっかくですので紅茶を淹れていただいてもよろしいですか?」

 マテアスの言葉にエラは頷き、慣れた手つきで紅茶を淹れていく。
 リーゼロッテはクッキーを食べた後だから、きっとのどが渇いているはずだ。今日はストレートで飲める口当たりの軽い茶葉にしよう。
 そう考えたエラは、リーゼロッテが子供の頃から好んで飲んでいる紅茶を選んで用意をした。

「ありがとう、エラ」

 微笑んでリーゼロッテは紅茶を一口ふくんだ。ほっとする味がする。エラが淹れる紅茶は、世界でいちばんおいしい。リーゼロッテは安心したようにほうと息をついた。

(それにしてもクッキーがやたらと減っていない?)

 テーブルの上にあったクッキーの数が、最初より半分以上減っている。しかし、自分がそんなに食べた覚えはない。
 何よりこのクッキーを食べると口の中がぱっさぱっさするのだ。のどは乾いていたが、今日はそれがほとんどなかった。

「あーん」

 じっとクッキーを見つめていたせいか、ジークヴァルトが口元にクッキーを差し出してきた。エラの前でやめてほしい。リーゼロッテはふるふると首を振った。

「い、いいえ、ヴァルト様、今日はもう……」

 助けを求めるように周囲に視線をさ迷わせると、ふとマテアスと目が合った。

 あ ー ん は い ち に ち い っ か い ま で

 マテアスの口が、音を出さずにそう動いた。

 ぐっと言葉を飲み込んで、リーゼロッテは無表情のままクッキーを差し出しているジークヴァルトの顔を見上げた。マテアスはジークヴァルトの味方だ。エッカルトとも通じあっているのだろう。

 リーゼロッテは観念して、そっとその唇を開いた。

 あーんはやはり餌付けなのだ。力の消費とは無関係で一日一回は受入れなければならないノルマなのだ。でないとまたエッカルトにさめざめと泣かれてしまう。

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