ふたつ名の令嬢と龍の託宣
 リーゼロッテが差し出されたクッキーを口にする様は、見た者の口元を思わず綻ばせる。エラもへにゃっとした表情になったが、少しばかりおもしろくないとも感じていた。

 最近では、寝起きのクッキーをリーゼロッテに食べさせることもほとんどなくなった。あれも病気のせいで食べなくてはならなかったのだから、必要がないなら喜ばしいことだ。だが、あのひと時は、エラにとっては至高の時間だったのだ。

 もくもくとクッキーを食べるリーゼロッテは、それはそれは愛らしい。自分の差し出したクッキーが、小さな口にするすると入っていく様を眺めていると、言い知れぬ快感を覚えてしまう。もう一枚、もう一枚と、その口に差し入れたくなるのだ。

 毎朝のひと時、あの時間のリーゼロッテは自分だけが知るお嬢様だった。その役目が公爵の手に渡ってしまったのかと思うと、エラはジークヴァルトに対して嫉妬を禁じえなかった。侍女としてわきまえなければならいと分かっていても、胸の奥で燻る思いは消せそうにない。

「あら? このクッキー、ちょっと味が変わったのかしら?」

 いつもよりしっとりしていて、口どけもいい。いつもは慎重に食べないとむせてしまいそうになるのだが、今日のクッキーはほろほろと柔らかいものの、口の中の水分がもっていかれることもなく、とても食べやすいものだった。

「エラ様が厨房に掛け合って、料理長と相談なさっていましたからね」

 こてんとリーゼロッテが首をかしげると、マテアスが自分の事のように自慢気な様子で言った。

「お嬢様がクッキーを食べにくそうになさっていたので、少ししっとりと柔らかめに作っていただけないかとお願いしました。差し出がましいとは思ったのですが……」
「まあ! そうだったのね、エラ、ありがとう!」

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