ふたつ名の令嬢と龍の託宣
 エッカルトは扉に片手を当てた。何か強大な力に包まれていることは感じ取れるが、物音ひとつしない部屋の中の様子までは測り切れない。

 押し当てた手のひらにビリっとした痛みを感じて、エッカルトは扉から手を離した。

「この力が突然部屋の中を包んだのだな?」
「はい、扉が閉まってそう間を置かずに。……一瞬の出来事でした」

 青ざめたマテアスの言葉に「そうか」と返したきり、エッカルトはしばし沈黙する。顎に手を当て瞳を閉じる。部屋を包む力に禍々しさは感じない。ただただ、圧倒される強大な力だ。

(親父のこの反応……ジークフリート様の時でも、恐らくこんな事態はなかったんだな……)

「大旦那様に連絡をしますか?」
「いや、いずれ報告は必要だろうが……今はこの状況を何とかせねばなるまい」

 ジークフリートたちは今、王都をはるか離れた辺境の地で過ごしている。早馬を送っても、行って帰って一週間はかかるだろう。自分たちだけで対処するほか選択肢はなかった。

 しかし今目の前で起きていることは未曽有の事態だ。部屋を包む力に邪気は感じないものの、異形のしわざでないとも言い切ることはできなかった。部屋の中でジークヴァルトとリーゼロッテは、今どうなっているのだろうか?

 マテアスの脳裏に、真っ赤に染まったあの日がフラッシュバックする。守るべき存在――ジークヴァルトの小さな体が、目の前で倒れ伏した血塗られたあの日だ。

 呼吸が浅くなり、マテアスは震える二の腕を無意識に反対の手で強く掴んだ。

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