ふたつ名の令嬢と龍の託宣
 マテアスは真っ青になりながら、ぎりっと歯噛みした。今見えた白いものは、どう考えても女性の足だった。

 この国の女性は平民であっても、いたずらに足を人目に晒したりはしない。女性の素足を拝めるのは、それこそ恋人か夫くらいのものである。

 そんなものが主の下から見える状況など、想像するだに恐ろしい。想像どころか、窓を隔てたすぐそこで、今まさにその光景が繰り広げられているのだ。
 ジークヴァルトの体勢はどんなに否定しても、リーゼロッテをその下に組み敷いているとしか思えなかった。もう一刻の猶予もない。

「ヨハン様! 強行突破します!」

 マテアスは舌打ちと共にロープを掴む手に力を入れて、壁を強く蹴った。

「ええっ!?」

 蹴った反動でブランコのように空中に放り出されたマテアスを見て、ヨハンは慌てて手すりに括られたロープの結び目を手で押さえた。ロープが擦れてぎしりと鳴る。

「ぜっったいに後でぶん殴る!」

 窓ガラスに蹴りが入る直前、マテアスはある程度の怪我は覚悟した。主の不始末と言えど、一発くらい殴らせてもらわないと割に合わない。絶対にリーゼロッテの目の前で殴り飛ばしてやる。

 マテアスの足が窓ガラスを突き破ろうとしたその瞬間、しかし、マテアスの体は空中でふわりと止まった。

「なんっ!?」

 足がガラスに突っ込むこともなく、体が打ちつけられる衝撃を感じることもなく、重力も加速もまるで無視したかのように、マテアスの体は窓の手前でぴたりと止まっていた。ロープの揺れさえも感じない。

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