ふたつ名の令嬢と龍の託宣
 執務室を包んでいた力は、ヨハンのハンマーが壁を直撃する前に、自然に解けたように感じられた。あれほどの力が、自分たちの注いだ力だけで無効化したとは到底考えられない。

「いや、積極的に行動した結果でのエラーだ。致し方あるまい」

 ユリウスの言葉に頷く一同の中で、エーミールだけが不服そうに片眉を上げた。

「みな様はもうしばらくここで待機していてください。エマニュエル様、わたしと一緒に室内へお願いします」

 気を取り直したようにマテアスが指示をする。
 騒いでいた異形の者たちは今は落ちついている様子だが、中でふたりがどうなっているかはわからない。今回の異形の騒ぎ方は、今までの騒動の比ではなかった。

 最悪、ジークヴァルトの手でことが行われていたとすると、リーゼロッテの姿をむやみに人目にさらすこともできない。そう考えたマテアスは、女性であるエマニュエルにだけ同行することを求めた。

 ふたりは開かれた執務室の扉へ向かい、慎重に中へと足を踏み入れた。
 目も当てられないような惨状の部屋の中、すすり泣くような声が聞こえてくる。はっとしたエマニュエルが、マテアスを追い越して奥へと足を進めた。

 執務室の奥で、ジークヴァルトに子供抱きにされたリーゼロッテが、その胸に顔をうずめるようにして泣きじゃくっている。

「リーゼロッテ様……」

 エマニュエルの声にリーゼロッテは顔を上げ、ゆっくりと振り返った。泣きはらしたその顔に、エマニュエルの表情が思わずゆがむ。

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