ふたつ名の令嬢と龍の託宣
 廊下を曲がった先で、先ほど別れた不機嫌の原因がひょいと壁際から現れたものだから、ジークヴァルトは眉間のしわをさらに深めた。

『さっき、言い忘れたことがあったんだ。この前のお詫びにちょっと一言だけ言わせてよ』

 その言葉を無視して、ジークヴァルトは守護者の横を素通りしていく。それを気にするでもなく、ジークハルトはあぐらをかいたまま、すいっとジークヴァルトの目の前に移動した。

 そのまま向かい合った状態で、ジークヴァルトの歩に合わせてジークハルトもバックしながら進んでいく。

『リーゼロッテって、ホントちょろいよね。……ちょろすぎて、これから先あんなんでやっていけるのか、(はた)から見てて心配になるレベルだよ』

 ジークヴァルトはその言葉に眉をぴくりと動かして、その時に初めて守護者へと視線を向けた。同じ高さの目線で、同じ色の瞳が見つめ返してくる。
 ジークハルトの表情はめずらしく真摯なものだった。

『言っとくけどヴァルト。異形の者なんかより、生きている人間の方がよっぽど(たち)悪いから。絶対にリーゼロッテをその手から離してはダメだよ』
「不測の事態なら仕方ありませんけどね。会いに行きたいならそう言ってくだされば、仕事の量を調整してきちんとおふたりの時間を作りますし」

 ジークハルトとマテアスの声が重なった。

『ま、そーゆうわけで、忠告はしたから』

 そう言ってジークハルトは天井高く浮き上がり、そのままするりと消えていく。

 最後にひょいと顔だけのぞかせたかと思うと『さっきも言った通り、当面はちょっかい出さないから安心してよ』と笑顔で言い残して、今度こそ顔をひっこめた。

「せめて理由と行先くらい言ってから出て行ってくださいよ。って、聞いてます? 旦那様」

 ジークヴァルトを追い越して置き去りにしていたことに気づき、マテアスは訝し気に振り返った。いつの間にか立ち止まっていたジークヴァルトは、じっと宙を睨んでいる。

「旦那様……?」

< 651 / 678 >

この作品をシェア

pagetop