ふたつ名の令嬢と龍の託宣
「さ、旦那様もこちらで休憩なさってください」

 マテアスが執務机から離れようとしないジークヴァルトを促して無理やりその腰を上げさせる。

 あの事件以来、ジークヴァルトは自らリーゼロッテに触れることをしなくなった。そのあからさまな態度に、使用人たちがそのことを気にしだしている。
 ジークヴァルトがリーゼロッテに嫌われたのではないかなどの憶測が飛び交い、公爵家ではちょっとした騒ぎになっていた。なんとしてもリーゼロッテを逃してはいけない。

 頑張れ旦那様!
 最近ではそんな雰囲気が屋敷中にあふれていた。

「旦那様、どうしてそちらに座ろうとなさるんですか」

 リーゼロッテから離れたソファに座ろうとするジークヴァルトを、マテアスが小声で睨みつける。許さないといったように、マテアスはいつもの定位置、リーゼロッテの隣にジークヴァルト用の冷めた紅茶をかちゃんと置いた。

 普段のマテアスらしからぬ乱暴な所作にリーゼロッテが首をかしげると、ジークヴァルトはしぶしぶといった様子でリーゼロッテの横に腰かけた。

 冷めた紅茶を手に取り一息に飲み干すと、ジークヴァルトはすぐに立ち上がろうとする。そこをすかさずマテアスが背後から肩を抑えつけた。

「旦那様。休憩も仕事のうちでございますよ。根を詰めすぎては執務の効率が落ちますからね。たっぷり一時間は休憩なさってくださらないと」

 一見いたわるように肩をもみこんでいるが、意地でも立ち上がらせまいとマテアスの額に青筋がたっている。ジークヴァルトは不承不承の(てい)で、もう一度ソファに沈み込んだ。

 マテアスはその様子に満足そうに頷いて、自分は執務机に戻って書類仕事を再開した。

「マテアスは休憩しなくても大丈夫なの?」

 リーゼロッテが声をかけると、マテアスはにっこりと笑顔を返した。

「お気遣いいたみいります。わたしは有能な従者ですので、休憩などしなくともバリバリ仕事をこなせるのですよ。それにひきかえ旦那様は、王城での勤務も兼ねていますので、適度な休憩は必要です。リーゼロッテ様も旦那様が仕事に戻らないよう、見張っていてくださいね」
「あら、それはいいですね。わたしもこれから所用がございますので、リーゼロッテ様の訓練も今日はここまでといたしましょう。リーゼロッテ様も旦那様とご一緒にゆっくりと休憩なさってください」

 エマニュエルはそう言うと、執務室を出ていった。

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