ふたつ名の令嬢と龍の託宣
 残されたリーゼロッテとジークヴァルトは、並んでソファに座ったまましばらくじっと紅茶のカップを見つめていた。会話もないまま時計が進むカチカチという音がやけに大きく響いている。

 書類をめくりながらマテアスがふたりの様子をちらりと見やるが、何も言わずにすぐに書類に目を落とした。滞った執務を前に、そこまでは面倒を見ていられない。スローガンは、頑張れ旦那様! だ。

 リーゼロッテはテーブルの上のお茶うけのクッキーに視線をやった。いつもならジークヴァルトの手で差し入れられるクッキーは、お皿の上で行儀よく鎮座している。

(あの日から、あーんも一度もないのよね……)

 あれほど恥ずかしいからやめてほしいと思っていたのに、それがなくなってさびしいと感じる自分もどうかと思うのだが。

(だけど、やっぱり……)
 クッキーから目を離して、隣のジークヴァルトの顔を見上げた。

「あの、ジークヴァルト様……」

 リーゼロッテの呼びかけにジークヴァルトは「なんだ?」と言って、静かに顔を向けた。

 呼べばこちらを見てくれる。問いかけにも応えてくれるし、無視されるようなこともない。ただ、自らリーゼロッテに近づこうとしないだけで。

 見えない壁を作られたようで、それがとても悲しかった。
 リーゼロッテは一度クッキーをみやってから、再びジークヴァルトに視線を戻した。

「あーんはノルマなのですわ」

 突然のリーゼロッテの言葉に、ジークヴァルトは無言でじっとみつめ返してくる。少しすねたような口調になってしまい、リーゼロッテはあわてたように付け加えた。

「一日一回、あーんはヴァルト様からしてくださらないとダメなのです。でないとまた……エッカルトが泣いてしまうから……」

 エッカルトに一日一回はあーんを受け入れてほしいとさめざめと泣かれたのだ。そういう言い訳の元、意を決して紡いだ言葉は、どんどんと語尾が小さくなっていった。

 恥ずかしくてジークヴァルトから視線をそらしてしまった。いたたまれない沈黙がその場に落ちる。

「ふ、そうか」

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