ふたつ名の令嬢と龍の託宣
その時、近衛騎士のバリケードをすり抜けて、ひとりの令嬢が脇の方からそろりと近寄ってきていた。
気の弱そうなその令嬢は後方を振り返り、おそらく彼女の母親だろう夫人に助けを求めるような視線を送った。夫人は強く頷いてから顎をしゃくって、そのまま進めと令嬢に指示を出している。令嬢は涙目になりながら、意を決したように壇上の王太子へと近づこうとした。
それに気づかないふりをしたままハインリヒ王子は、ため息交じりに「ヴァルト」と後ろにいる幼馴染の名を呼んだ。その呼びかけに応えることなく、ジークヴァルトは近寄ってきた令嬢に立ちふさがるように体をずらし、無言で令嬢を見下ろした。
スカートの裾を気にしながらこっそりと壇上に登ろうとしていた令嬢は、不意にできた人影に恐る恐る顔を上げた。令嬢とジークヴァルトの視線がからみ合う。
「ひいっ」
令嬢は短く悲鳴をあげたかと思うと母親のいる方へ一目散に逃げていった。
目が合ったのはほんの一瞬だ。ジークヴァルトはずっと無表情を保っていたが、大抵の人間はジークヴァルトを前にするとこんなふうに恐怖する。睨んでいるわけでもないのに、威圧感を感じて恐れをなして逃げていくのだ。
(目が合うだけで追い払えるとは。こういうときジークヴァルトは重宝するな)
そんなことを考えながら、ハインリヒは何気なく庭の方をみやる。
気の弱そうなその令嬢は後方を振り返り、おそらく彼女の母親だろう夫人に助けを求めるような視線を送った。夫人は強く頷いてから顎をしゃくって、そのまま進めと令嬢に指示を出している。令嬢は涙目になりながら、意を決したように壇上の王太子へと近づこうとした。
それに気づかないふりをしたままハインリヒ王子は、ため息交じりに「ヴァルト」と後ろにいる幼馴染の名を呼んだ。その呼びかけに応えることなく、ジークヴァルトは近寄ってきた令嬢に立ちふさがるように体をずらし、無言で令嬢を見下ろした。
スカートの裾を気にしながらこっそりと壇上に登ろうとしていた令嬢は、不意にできた人影に恐る恐る顔を上げた。令嬢とジークヴァルトの視線がからみ合う。
「ひいっ」
令嬢は短く悲鳴をあげたかと思うと母親のいる方へ一目散に逃げていった。
目が合ったのはほんの一瞬だ。ジークヴァルトはずっと無表情を保っていたが、大抵の人間はジークヴァルトを前にするとこんなふうに恐怖する。睨んでいるわけでもないのに、威圧感を感じて恐れをなして逃げていくのだ。
(目が合うだけで追い払えるとは。こういうときジークヴァルトは重宝するな)
そんなことを考えながら、ハインリヒは何気なく庭の方をみやる。