ふたつ名の令嬢と龍の託宣
 残されたジークヴァルトは、リーゼロッテを抱えたまま一同を振り返った。

「本日はわたしの婚約者が失礼した。少しばかり体が弱いゆえ、楽しい時間を終わらせたことを許してやってほしい」

 やけに、わたしの婚約者、という部分を強調したことに、ヤスミン以外の者は気がつかなかったのだが。

(あれは男どもへの牽制というより、女よけね?)

 ヤスミンの榛色(はしばみいろ)の瞳がキラリと光る。もしかしたら、王子殿下と恋仲であるという噂を、払拭(ふっしょく)したかったのかもしれない。

 フーゲンベルク公爵と言えばその地位のため、ハインリヒ王太子殿下に次いで、未婚の令嬢に人気が高い。怖くて近寄れない令嬢も多いが、公爵家と縁を持ちたい貴族は少なくないため、親の差し金で近づいてくる令嬢も多いときく。

 遠巻きに鑑賞する分にはジークヴァルトは見目麗しい風貌をしているので、密かにファンクラブがあるくらいだ。一部の熱狂的ファンに言わせると、あのストイックさがたまらないらしい。

(ストイックというより、腹黒ね)

 ふたりが婚約関係にあったとは知らなかったが、深窓の妖精姫はこれから大いに苦労しそうだと、同情を禁じえないヤスミンであった。

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