僕を、弟にしないで。僕はお義父さんの義息子になりたい

 車の後部座席に俺と母さんが座って、運転手席には大地さん、その隣には紫月さんが座った。大地さんは紫月さんと俺と母さんが座ったのを見ると、すぐに車を発車させた。

 やばい。どうしよう。咄嗟に逃げてしまったのはいいけど、どこに向かえばいいのかぜんぜんわからない。紫月さんの弟さんがいる病院じゃここから近すぎるから、絶対に追いつかれるし。それに、紫月さんの家や漫画喫茶も良くないし、本当にどこに行けばいいのか分からない。カラオケは、自分達がどこの個室を使っているのかがバレたら、終わりだよな。どこかの飲食店とかなら、まだマシだろうか?

「ごめんなさい、蓮夜、紫月さん。あと、大地さんで合っていますか?」

 母さんが、俺達に声をかけた。

「はい。義勇の親代わりをしています、紫月大地です」

「そうなんですね。……すみません、拓人を連れてきたのは私の判断ミスでした」
 頭を下げて、母さんは言う。

「お母さん、謝罪は後で聞くので、今は逃げるのに集中しましょう。お母さん、拓人さん、追ってきますか?」

 紫月さんが言う。

「多分追ってこないと思います。追いかけてきて追いついたとしても、四人と一人では完全に部が悪いですし。それに、私と拓人は、今日は電車で来たので、タクシーを捕まえでもしない限りは、とても追いつくことはできません」

「義勇、ここら辺にロータリーってあるか?」

「ないですけど、病院にはタクシーで来る人がいるので、そこでタクシーを捕まえることはできます」

「それなら追われている前提で、車を走らせるか」

 苦虫を噛み潰したような顔をして、大地さんは言った。

「はい、それでお願いします」

「わかった。向かうのはとりあえず、近場のスイーツ系のお店でいいか? そういう系の店なら多分昼前でもある程度は混んでいるから、あっちも手を出そうとはしないだろう」

「はい。蓮夜、よかったな。スイーツだってさ。フルーツタルトとかあるんじゃないか?」

 落ち着いた態度で、紫月さんは言った。何でこんなに落ち着いているんだよ! 俺達は今、必死で逃げているのに。

「お義父さんは、何でそんなに落ち着いているの?」

「いや、全然落ち着いてねぇよ。腕も震えてる。でも、今一番怖いのは、蓮夜だろ。それなら俺は、ビビってても取り繕わないと」

 紫月さんが俺に、自分の腕を見せる。紫月さんの腕は、本当に震えていた。

「……ありがとう、お義父さん」

「ああ」

「……義勇、蓮夜くんの飯、奢りな。義勇の分は、俺が払うから」

 車のミラーに映っている紫月さんは、目を見開いて、大地さんを見ていた。

「え、いいんですか!」

 ミラーに映る紫月さんの目は、無邪気な子供のようにキラキラと輝いていた。

「ああ。義勇は蓮夜くんのお義父さんなのだろう?」

「……あ、はい。ありがとうございます」

 紫月さんの顔が、りんごみたいに赤くなっている。ミラーは、コロコロと変わる紫月さんの表情を、しっかりと映してくれた。

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