僕を、弟にしないで。僕はお義父さんの義息子になりたい

 スイーツの店はショーウインドウにガトーショコラやショートケーキ、ベリーのケーキなどのさまざまな商品があって、見ているだけで創作意欲を掻き立てられた。でも、俺はやっぱり、まだ絵を描く気にはなれなかった。

 スイーツの店を出ると、紫月さんは駐車場の隅で煙草を吸い始めた。

 吸っている間は離れるように言われたけど、離れていてもすることがないし、近づいちゃおうかな。

「お義父さん」
「蓮夜、煙草の臭いうつるぞ」
「それはそうだけど、お義父さんといないとつまんないから」
「はは、そっか」
 紫月さんはすぐさま、手に持っていた携帯灰皿の中に煙草を入れて、火を消した。吸っていてもよかったのに。
「煙草って美味しいの?」
「いや、そんなことはない。でも吸っている間は自分の両親のことを考えないで済むから、吸うのは結構好きだな」
「お義父さんの親って、怖かった?」
「ああ、怖かったよ。少なくとも弟は毎日泣かされていた。俺も時々泣いていたかも」
 下を向いて、紫月さんは作り笑いをする。意外だ、紫月さんも泣いていたのか。でも、そういえば確かに、子供の頃はあまり両親に反抗できなかったって言っていたよな。

「お義父さんが怯えて泣くのって、想像できない」

「はは、そうか? まあ今は、怯えることなんてほとんどないからなあ。子供の頃はたくさんあったけど。味方になってくれる人が全然いなかったから」

「大地さんは?」
 俺がそう言うと、紫月さんはあからさまに顔を顰めた。

「あー、大地さんとは、弟が植物状態になってから仲良くなったから、それまでは全然。大地さん俺が学生の時仕事が忙しすぎて、虐待にすら気付いてくれなかったんだよ」
「え、それなのにあんなに仲良いの?」
 意外だ。紫月さんが学生の頃は仲悪かったのか。今はあんなに仲良いのに。

「ああ、俺が愛に飢えていたから、仲良くなれた。両親の葬式の日に土下座されて、『今まで本当にすまなかった。これからはずっとお前のそばにいるし、お前の生活費も弟の治療費も俺が払うから、頼むからお前だけは死なないでくれ』って言われて。最初はそんなの嘘だとしか思えなかったんだけど、大地さん、本当に俺のこと大切にしてくれてさ。俺はそれまでずっと弟にしか大切にされてこなかったから、大地さんと一緒にいるようになって初めて御ねだりしたら欲しいものを買ってくれたり、怪我や病気をしたら看病してくれたりする大人が、自分にもいることを知った」
 大地さんに会うまでは、弟さんにしか甘えられなかったのだろうか? そう思うと、とても悲しくなった。
「ごめん、余計なこと聞いた」
「いや、そんなことねぇよ」
 俺の頭を撫でて、紫月さんは笑った。

「お義父さんが俺のお母さんに優しく接してくれるのって……」
  紫月さんは母さんを偽善者だと言っていたのに、母さんにすごく優しくしてくれている。俺はそれがすごく疑問だった。

「ああ、そう。俺、昔は大地さんのこと偽善者としか思えていなかったんだけど、その偽善者に救われたから、偽善者だからって邪険に扱うのは良くないなと想って。蓮夜のお母さんは偽善者だけど、蓮夜のことを結構大切に想っているみたいだし、蓮夜もお母さんが大事みたいだから、俺も普通に接しようかなって」
 紫月さんの左腕を掴んで、紫月さんの胸と腕の間に入り込む。紫月さんは俺の首のそばにある腕を上にあげて、俺の頬を手のひらで触った。
「可愛いな、蓮夜は。本当に可愛い」
「こんなこと、お義父さんにしかしないけどね」
「知ってるよ。それが本当に可愛い」
 そう言って、紫月さんは楽しそうに口角を上げて笑った。

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