意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「別に急ぎじゃないし、アンタの身体が空いている時に協力してくれればいいわよ。でも、実はアンタに会いたいって人がいてね」
「は? わたしに?」
「アンタの写真をあちこちで見せてたんだけど、そのうちの一人、フリーのフォトグラファーが会わせてくれってしつこくて……。このひとよ」
シゲオに渡された名刺には、「日村 航太朗」という名前が印刷されていた。
「最初はうさんくさいなーと思ったんだけど、知り合いに聞いたところによると、マルチでいろんなものを撮ってる人で、腕もいいし、あちこちで重宝されているらしいわ。だから、アンタのためにも会ってみたらどうかと思って」
「わたしの、ため?」
「転職するかどうかはともかく、まずは本職のフォトグラファーの話を聞いてみたら? 歳は……たしか、三十代だったかしら。既婚者で愛妻家。悪い評判は聞かないし、人生経験も豊富そうだし、相談するには適任だと思うわよ」
「相談?」
思いもよらぬ話を持ちかけられ、戸惑う。
「いきなりプロを目指すなんて非現実的だけれど、ダブルワークから始めるという手もあるでしょ? その伝手になるかもしれないじゃない」
シゲオの言うように、大学のサークル仲間の中には、ダブルワークまがいのことをしているセミプロも何人かいる。
ごく一部を除き、『写真』だけで食べて行ける人は少ないのが現実だ。
地道に撮り続け、コンテストに応募し続けても、芽が出ることなく終わる人が大半。カリスマと呼ばれる写真家たちは雲の上の存在で、別次元に住んでいる人たちだ。
それでも、諦めずに夢を追いかけ続ける情熱がなければ、彼らの足下にすら辿り着けない。
そして、わたしは自分にそんな情熱が備わっているとは、思っていなかった。
「でも、そんなのむ」
「無理かどうかは、いま決めることじゃない。会ってみてから考えなさい。偲月は頭でっかちなんだから! 自分の感情に、直感に、従ってみることも大事よ。それで失敗する方が、ウジウジグズグズ燻らせているよりも、ずっと立ち直りやすいもの。過去の亡霊が住み着いてる廃墟を取り壊して新しいものを建てるより、何もなくなった、まっさらな更地に建てる方がラクでしょう?」
「それは、極端すぎるような……」
「恋愛と一緒。当たって砕けろって言うじゃない? あれ、砕けちゃった方が、次に行きやすいからよ? 心に秘めた恋って、なかなか忘れられなくて、引きずる。だから、アンタもいい加減はっきりさせなさい」
「はっきりって……何を?」