意地悪な副社長との素直な恋の始め方
観覧車までの道のりは遠い

こぼれ落ちたものがスマホのディスプレイを濡らし、慌てて涙を拭う。
美しい泣き方はまだ月子さんに教わっていないけれど、シゲオを見習い、ちゃんとアイロンがけしたハンカチだ。

誰にも見られていませんように、と祈りながら車内に視線を巡らせて、ふと違和感を覚えた。


(ん? 電車、停まってる……? ドア、なんで開きっぱなしなの?)


車内に残っているのは、わたしを含め数人。みんなスマホ片手にどこかへ連絡しているようだ。

待ち合わせの駅まではあと二駅だが、電車は一向に動く気配がない。


(どういうこと?)


首を傾げた耳に、記事を読むのに夢中で気がつかなかったが、何度も繰り返されていたらしいアナウンスが聞こえた。


『繰り返し、ご案内いたします。先発の車両にトラブルが発生し、XXX駅との間で停止しているため、ただいま運転を見合わせております。復旧し次第、運行を再開する予定ですが、現在のところ目途が立っておりません。ご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんが、お急ぎのお客さまにおかれましては、バスなどの交通手段を……』


(嘘……いま、いま、何時!?)


慌ててスマホで時刻を確認すると時刻は十九時三十五分。


(や、ヤバイ。このままじゃ、間に合わない!)


呑気に座っている場合ではないと、慌てて電車を降りて改札を出る。
タクシー、と思ったが、乗り場にはすでに長い行列ができていた。

ではバスを、と思ったが、こちらも長い列ができているし、時刻表を見れば次の便は十九時五十分発だ。
絶対に、待ち合わせに間に合わない。


(約二キロ。歩けば、ううん、走れば何とか間に合う)


途中でタクシーを捕まえられるかもしれないし、と地図で方角を確かめて歩き出す。

間に合う算段だけれど、念のため朔哉に連絡しておこうとスマホを取り出しかけた時、後ろから追い越してきた人の鞄が思い切り腕にぶつかった。


「あ!」


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