意地悪な副社長との素直な恋の始め方
まだ完全には乾き切っていないと言おうとしたが、ドライヤーを奪われた。
手を引かれ、朔哉の足の間に転がり込む。
朔哉は、無造作にまとめていたわたしの髪を解くと、丁寧に指で梳き、少し低めの温度に設定した風を当てはじめた。
優しく頭皮をマッサージしながら、きちんと髪の根元に当たるようにドライヤーを動かしている。
シゲオのような手際の良さと上手さに、驚いた。
「なんか、慣れてるね?」
「昔……子どもの頃、芽依の髪をよく乾かしてやっていた」
「そう、なんだ」
「ベビーシッターもいたが、子どの頃の芽依は他人への警戒心が強くて、なかなか懐かなかったんだ。服を着替えるのも、添い寝するのも……入浴は、さすがにベビーシッターか家政婦に任せていたが、こうして髪を乾かすのも、全部俺の役目だった」
朔哉が、芽依にとってとびきり優しく、頼りになる兄なのは、この目で見て知っている。
「芽依に対する感情を、ひと言で説明するのは難しい。芽依は、俺にとって……」
しばし言い淀んだ朔哉は、何かを吹っ切るようにきっぱりと言った。
「ただの『妹』ではなかった」
ひゅっと喉が鳴ったが、ドライヤーの音がそれをかき消してくれたことにホッとする。
朔哉がどんな表情をしているのか見えないことにも。
彼の目に、きっと情けない、不安げな表情をしている自分が映らないことにも。
「俺にとって芽依は、孤独や寂しさを埋めてくれる存在だった。芽依にとっても、それは同じだろう。母親がいなく、父親もほぼ不在という家庭環境では、お互い以外に安心して依存できる相手がいなかった」
朔哉は、「依存」という言葉を使ったけれど、離婚と死別により、それぞれ母親という存在を失った朔哉と芽依が、寄り添い、支え合うようになったのは、ごく自然なことだ。
「それに……実の父親の影に怯える芽依を守ってやりたかった」
「え……?」