意地悪な副社長との素直な恋の始め方


「俺は……イイ男でも、完璧な兄でもない」


自嘲気味に呟けば、ダニエルが形のいい眉を引き上げる。


「同感だ。僕の方が数百倍はイイ男だよ。でも、芽依がそのことに気づくには、まだ時間がかかりそうだけど」

「そんなにはかからないんじゃないか? 芽依は……変わろうとしている。いや、すでに変わり始めているんだと思う」


芽依が、自分の罪も、想いも、包み隠さず彼に話したのは、その気持ちが変化している証拠だ。


「そうだね。メイは変わろうとしているんだと思う。でも、僕は変わっていく彼女を見守りたいんじゃない。僕は、サクヤとはちがう。あらゆる困難から彼女を守る盾になるのではなく、それに立ち向かえる武器を与えたいんだ。メイ自身が気づいていない、彼女の本当の魅力や強さを示して、もっと広い世界を見せてあげたいんだよ」


そう言い切ったダニエルは、グラスにあるシェリーを一息に飲み干した。


「ミスター・ユウキに、近々ご挨拶に伺いますと伝えておいて」

「気が早すぎるだろう?」

「遅いよりはマシだ。メイが僕を愛するようになるのは、火を見るよりも明らかだし、僕は『サイン』を見落とすほど間抜けじゃない」


何のサインだと問い質そうとした時、バーの入口に芽依の姿が見えた。


「お兄ちゃん! ……え? ダニエル?」


足早に歩み寄り、俺の隣にいるのがダニエルだと気づいた芽依は目を丸くしている。


「こんばんは。メイが来るまで、サクヤのひまつぶしの相手をしていたんだ」

「そう……なの?」


疑いのまなざしを寄越す芽依の表情は、強張っていた。
これのどこが、火を見るよりも明らかなのだと言いたくなる。


「ああ。ちょっと相手をしてもらっていたんだ」

「サクヤ、とても有意義な時間だったよ。ありがとう。それじゃあ、またね? メイ」


疑いと警戒のまなざしを向ける芽依に、ダニエルはにっこり笑いかけ、頬へキスする。


「だ、ダニエルっ! こういうのはやめてって言ってるでしょ?」


芽依は、真っ赤になってダニエルの腕を軽く叩く。


「ただの挨拶だよ。楽しい夜を過ごしてね? ハニー」

「は、……」


ダニエルはすかさず芽依の手を取り、彼女が茫然としている間に指先にキスを落として、素早く身を翻すとバーを出て行った。


「もうっ! いつも逃げ足が速いんだから!」


去っていく背に、苛立ちの言葉をぶつける芽依の頬は、上気したまま。その口元は、言葉とは裏腹に笑みを堪えて緩んでいる。


「お兄ちゃん、ごめんね? お待たせしちゃって。まだ飲む?」

「……いや。食事にしよう」


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