意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「何とか、フォトグラファーの端くれになれそう。全部、朔哉のおかげだよ」
「俺は、何もしていないだろ」
「そんなことないよ。朔哉がいなければ、千陽は生まれて来なかったし、朔哉がいなければ、月子さんと出会うこともなかった。朔哉がいなければ、こんなに幸せにはなれなかった。朔哉といると、色んなものを見て、色んなことを感じられる。だから、年を取るのが楽しみなの。一年後の自分は、いまよりもっと幸せで、知らなかったことを知り、気づかなかったことに気づいて、いまよりも成長しているはずだから。だから、ええと、」
いつになく饒舌に語っていた偲月は、そんな自分に気づいて顔を赤くし、口ごもる。
「……だから?」
「……ありがとう?」
「ちがうだろ」
「え。何が?」
「台詞がちがう」
「は?」
「ここは、同じ『あ』から始まる言葉でも、別の言葉を言う場面だろ」
「無理」
もちろん、言葉にされなくても、その気持ちは十分わかっている。
しかし、顔を赤くして恥ずかしがる妻に、どうしようもなく自尊心がくすぐられるから、どうしても言わせたくなる。
「無理じゃない」
「無理っ!」
「本当に?」
傍らに立つその身体を壁際に追い詰め、壁に腕をついて逃げ場を塞ぐ。
鼻先がくっつくほど間近に覗き込み、さ迷う視線を追いかけ、強情そうに引き結ばれた唇を掠めるようにキスをした。
ビクリ、と肩を揺らし、ますます顔を赤くする様に煽られて、理性を保つことをあっさり放棄する。
唇の間から、押し入るように舌を入れれば、胸を押し返そうとしていた手が縋るようにTシャツを掴む。
本音を言えば、いますぐここで奪いたい。
だが、いくら周囲に人家もなく、通りがかる車もないとわかっていても、外から丸見えのガラス張りの空間で行為を楽しむ趣味はない。
抵抗をやめた身体を抱き上げて、来た通路を戻り、今度こそエレベーターで三階へ向かう。
ソファーベッドの上に下ろした一瞬、偲月が不安そうな表情をした。