意地悪な副社長との素直な恋の始め方
千陽を抱いて立つ自分は薄暗がりの中にいるが、窓から差し込む光がちょうどスポットライトのように腕の中にいる千陽に当たり、絶妙な陰影を生み出していた。
色がないせいなのか、そこに漂う静謐な空気を感じる。
だが、それが特別な一瞬などではないことは、自分が一番よく知っていた。
千陽が生まれてから、数えきれないほどこの腕に抱いてきた。
この写真を撮られたのがいつのことなのか、憶えていない。
腕に抱いた千陽を見下ろし、笑いかけるなんて、いつものこと。
写し出されているのは、日常の一コマだ。
ただ、自分がこんなにもあからさまな愛情に満ちた顔をして、千陽を見ているとは知らなかった。
偲月が、自分と千陽をこんな風に見ているとは、知らなかった。
何とも言えない感情が込み上げて、言葉が上手く出てこない。
「千陽の朔哉への信頼、朔哉の千陽への愛情。二人の間にある繋がりが見える――講評で、わたしが撮りたかったもの、伝えたかったことをちゃんと評価してもらえて、すごく嬉しかった。撮りたいものを、撮りたいように撮れるのがプロだから。……って、コウちゃんの受け売りだけど」
師匠である日村さんの言葉を引用しただけだと偲月は笑うが、その言葉を体現しているのだから、受け売りなんかではないだろう。
「実は……今回の初写真展は、前々から準備してたの。月子さんの自伝の評判が良かったから、採用されなかった写真も交えて展示したらどうかって話は以前からあって。だから、賞をもらったのは偶然。だけど、ちょうどいいタイミングだから、月子さん以外の写真も追加して、当初予定していた倍の数を展示しようってことになって。月子さんのファンは、がっかりするかもしれないけどね」
フロアに飾られた写真の半分は、母を写したものだった。
女優の顔をしている母もいれば、子猫と戯れ、少女のような笑みを見せる母もいる。
引退発表に続く、自伝的映画の公開。
それと同時に、数を限って発売された自伝兼フォトブックは、芸能部門のベストセラーとなり、いまではコレクターの間で高値で売買されていた。
発売直後から、写真展を開いてほしいという声が出版社に多く届けられていたが、母が療養中、偲月も妊娠中ということもあって、話が先延ばしになっていたらしい。
しかし、たとえ新井月子見たさに訪れた人間でも、ここに並ぶ写真を見れば、最初の目的を忘れるにちがいない。
人物、動物、風景、さまざまな被写体を切り撮ったどの写真にも、目を奪われる。