政略結婚ですが、身ごもったら極上御曹司に蕩けるほど愛されました
 だから実際に彼と結婚をした柚子がもともとの婚約者だったのだろうと思っている者がほとんどなのだ。
「柚子ちゃん、少し中を見て回ってきたら?」
 良子が柚子に微笑みかける。
 本当の事情を知る者にとっては、少し気まずい話題からさりげなく柚子を遠ざけようとしてくれている。
 柚子はそれに素直に頷いた。
「はい、……では失礼いたします」

 華やかな作品が整然と並べられている会場を柚子は浮かない気持ちでゆっくり歩く。良子と離れてしまえばもう誰も柚子には見向きもしなかった。
 本当に選ばれて結婚をしたわけではない自分は、このような場に相応しくないのかもしれない。そんな卑屈な考えが頭に浮かんだ。
 翔吾と姉の沙希、それから柚子は、幼い頃から互いの家を行き来する幼なじみだった。
 沙希は翔吾の一歳下、スポーツ万能で成績もよく、おまけに目鼻立ちのはっきりとした美人だから、婚約者同士として、ふたりは本当にお似合いだった。
 柚子はそんなふたりにずっと憧れていたのだ。
 いつか自分も姉のような素敵な女性になって、翔吾のような優しくてカッコいい男性と結婚したい。
 ずっとずっとそう思っていた。
 ……でもそれが、たんなる憧れなどではなく、翔吾への恋心なのだと気が付いたのは中学生の時だった。
 当時大学生で、会うたびにカッコいい大人の男性へと成長してゆく翔吾に柚子は小さな胸をときめかせた。そしてそんな彼の婚約者である姉を、心から羨ましく思ったのだ。
 少し遅い柚子の初恋だった。
 誰から見てもお似合いのふたり。家柄、人柄、容姿、すべてがこれ以上ないくらいに釣り合うふたりに入り込む余地などない。
 柚子の初恋は自覚したと同時に散った。
 だがそんなふたりはなぜか適齢期になっても結婚の話を進めようとしなかった。
 そして一年前、突然沙希が、婚約を破棄したいと言い出したのだ。
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