政略結婚ですが、身ごもったら極上御曹司に蕩けるほど愛されました
 このままぎこちない、寂しい生活が一生続くのだ。
 でもこれは罰なのだ、甘んじて受けなくてはと柚子は思う。
 親しい男性など、翔吾以外にはいなかった柚子と違い、翔吾の方は時が経てばまた別のいい人が見つかるに違いなかった。
 もしかしたら彼の方は、その人と幸せな結婚をすることができたかもしれないのに。
 その彼の可能性を柚子は潰した。
"両家のために"などという正論を振りかざして。
 だから……。
 柚子はうつむいて、夕暮れの中をゆっくりと歩く。
 あと少しで、自分が住むマンションへ着く。でもそこを"自分の家"だとは思えなかった。
 と、その時。
 にゃーん。
 猫の鳴き声が聞こえたような気がして柚子はふと立ち止まる。
 にゃーん。
 また。
 見回すと、コンビニとビルの間の影から、黒い猫が顔を出していた。
 にゃーん。
 たくさん行き交う人の中で、その猫はまるで柚子に呼びかけるように鳴いている。黄色がかった綺麗な目で、ジッと柚子を見つめて。
 にゃーん。
 そしてピョコンと歩道に飛び出て、柚子の脚にすり寄った。
 にゃーん。
「あ、ちょっと……!」
 とりあえず柚子は人の流れの邪魔にならないように脇に避ける。すると、猫はついてくる。
 そしてまた柚子の脚にすり寄った。
「……お腹すいてるの?」
 なんとなく尋ねてみると、猫は"そうだ"とでもいうようにまたにゃーんと鳴いた。
 柚子は困りはててしまう。
 首輪をしていないからおそらくは野良なのだろうと思うけれど、だったら気軽に餌をやるわけにはいかない。
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