政略結婚ですが、身ごもったら極上御曹司に蕩けるほど愛されました
 一度餌をもらったら、そこにいついてしまって替えってその子のためにならない。
「……ごめんね、私なにも持っていないの」
 柚子はそう告げて、また歩き出す。
 すると猫はトコトコとついてきた。
 柚子は後ろ髪を引かれるような思いで、早足で歩く。
 猫はいつまでもついて来た。
 そしてついにマンションのエントランスにまで辿り着いてしまった。
「……本当に、なにもないの。ごめんね」
 柚子は振り返って、猫に話しかける。
 猫はマンションのエントランスのドアの向こうで立ち止まり、ジッとこちらを見つめている。まるで、なにかを期待するかのように。
 その目を見つめているうちに、柚子はなんだか少し不思議な気持ちになった。
 生まれてから今まで、ずっと柚子は誰にもなんの期待もされてこなかったように思う。
『あなたならできる』といつも期待されている姉と違って、柚子はいつもなにをやっても平凡でしかなかったから。
『柚子は楽しめればいいからね』
 いつもそう言われてきた。
 優しい翔吾と彼の両親は、柚子が沙希の代わりとなるという住吉家の提案を、黙って受け入れてくれた。
 それどころか、朝比奈家と住吉家の対面を保つための犠牲にしてしまったと申し訳なく思っている節があった。
 朝比奈翔吾の妻として忙しくする柚子に翔吾はいつも申し訳なさそうに言う。
『ごめんな』
 それは彼の両親も同じだった。
『無理はしないでいいからね』
 でもそれは、やっぱり柚子にはなにも期待していないからだ。
 きっと沙希が嫁いでいたならそんな風には言わなかった。
 もしかしたら、沙希と違い人付き合いがうまくない柚子にはあまり表に出てほしくないと思っているのかも……。
 目の前の少し痩せた黒猫を柚子は黙って見つめた。
 そして少し考えて、ゆっくりと近づいた。
「……私の家に来る?」
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