政略結婚ですが、身ごもったら極上御曹司に蕩けるほど愛されました
 それをいっぺんに投げかけられて、柚子の頭はまた混乱の渦にのまれてゆく。
 このまま、この幸せに浸ってしまいたいくらいだった。
 このまま、自分が妊娠したことにして……。
 でもそこまで考えて、柚子は自分を叱咤する。
 ……ダメダメそんなこと考えちゃ!
 とんでもない、絶対にしてはいけないことだった。
 柚子は小さく首を振って、彼を見上げて口を開いた。
「あ、あのね、翔君」
「ん? どうした?」
 でも優しく尋ねられて、決心が鈍りそうになってしまう。自分を見つめる彼の瞳が、これ以上ないくらいに優しくて。
 ずっと以前、まだ結婚が決まる前の彼はこんな風に優しく柚子を見ていてくれた。幼なじみ、そして将来の妻の妹として、親しみを感じてくれていたのだろう。
 でも結婚してからは、そんなことはなくなった。
 彼はいつもどこか申し訳なさそうに柚子を見る。そして見ていたくないと言うように、そっと目を逸らすのだ。
 おそらくは、柚子の妊娠ではなくクロが妊娠したのだ告げたなら、またもとの彼に戻るだろう。
 ……でも、言わなくては。
「翔君、あのね、そうじゃなくて……」
 柚子は再び口を開く。でもその時、翔吾の内ポケットの携帯がルルルと鳴って、反射的に口を噤んだ。
 日本経済を牽引する企業の副社長である彼には、こんな風にところ構わず仕事の電話がしょっちゅう入る。その邪魔をするわけにはいかない。
 でも翔吾は電話に出ようとしなかった。
「いいよ、後で。それよりなに? 柚子」
「ダメだよ、翔君!」
 柚子は慌てて首を振った
「大事な電話だったらどうするの? 私の話は後でいいから」
 翔吾は小さくため息をついて内ポケットに手を入れる。
 そして画面を確認してから、柚子を腕に抱いたまま電話に出た。
「朝比奈です。……うん、どうした? うん、……うん」
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