政略結婚ですが、身ごもったら極上御曹司に蕩けるほど愛されました
 やっぱり仕事の電話だったと思い、柚子はそっと離れようとする。でも身体を包む彼の腕がそれを許してくれなかった。
 そしてその手は、柚子の背中を優しくトントンと叩く。それはまるで"待っていてくれ"とでもいうかのようだった。
 途端に、柚子の胸になんとも言えない温かいものが広がった。
 こんな風にされるのも、はじめてのことだった。
 彼はいつも家で電話をする時は必ず別の部屋へゆく。もちろんほとんどは仕事の電話なのだから当然といえば当然だ。
 それを不満だなどとは思わないけれど、回数が多い分、寂しい気持ちになってしまうのはどうしようもなかった。
 柚子の気持ちはますます複雑な色になってゆく。
 妊娠したと彼が知って、まだ数分も経っていない。それなのに、こんなにも普段と違うなんて……。
 背の高い彼を見上げる柚子の胸が切ない音を立てた。本当に思いがけず手に入れてしまった、束の間の幸せだ。
 この電話が終わるまでは、柚子はまるで愛し合って結婚をした妻のように、大切に彼の腕に抱かれていられるのだ。
 この電話が終わるまでは……。
 でもその電話は、なかなか終わらなかった。
 どうやらなにかトラブルが起きたようだ。翔吾が眉を寄せてたくさんの指示を繰り返している。
「ああ、そっちはそれでいいだろう。だがこっちは……そうだな。なら、そうするしかないな……だが今は……」
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