政略結婚ですが、身ごもったら極上御曹司に蕩けるほど愛されました
 その彼が、まさか柚子が心配で仕事が手につかなくなるなんて……。
 ありえない、信じられないことだけれど、でもきっと本当なのだと柚子は思った。
 目の前の彼が演技をしているようには見えないし、そもそも彼はこんなことで、こんな風に、嘘をつく人ではないからだ。
 彼は本当に柚子のことを心配してくれている。
 もちろんそれは、家族としての親愛からくるものだろう。異性に対する愛情ではない。
 だとしても大切に思われていることは確かだった。
 翔吾はちゃんと誠実に、柚子と家族になろうとしてくれている。
「……柚子? ベッドで寝ると、約束してくれるか?」
 柚子の手を握りながら、翔吾が優しく問いかける。
 戸惑いながらも柚子がこくんと頷くと、心底安堵したように、彼はふぅーと長いため息をついた。
 柚子の胸がずきんと鳴る。
 この心配がすべて無駄なことなのだということを知ったら、彼はどう思うだろう。
 膝の上のクロを撫でて柚子は唇を噛んだ。
 本当のことを言わなくてはいけない。
 それはわかっているけれど、こんな風に心配された後に言い出すのはとても勇気がいることだった。
 どんな言葉で伝えれば、わざと嘘をついたわけではないとわかってもらうことができるだろう。
 柔らかなクロ毛を撫でながら、柚子はしばらく沈黙をする。
 すると、意外なことに翔吾の方が少し迷うように口を開いた。
「柚子、話があるんだけど……」
 顔を上げて、柚子は小さく首を傾げる。
 そこには申し訳なさそうな翔吾の眼差しがあった。
「実は……今週は、土曜日まで家に帰って来られそうにないんだ」
「土曜日まで……出張?」
 柚子が尋ねると、翔吾は申し訳なさそうに頷いた。
「あぁ、ちょっと遠方の案件でトラブルがあって、今週いっぱいはかかりきりになりそうだ。……こんな時に本当に申し訳ないんだが」
「そんな……!」
 柚子は思わず声をあげる。そして慌てて首を振った。
「私は全然大丈夫だから、気にしないで。気をつけて、いってらっしゃい」
 大企業の若き副社長である翔吾にとっては出張など珍しくもない日常茶飯事の出来事だ。
 謝られることなんかなにもなかった。
 彼が気に病まないように柚子は意識して笑みを浮かべる。
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