政略結婚ですが、身ごもったら極上御曹司に蕩けるほど愛されました
 自宅のリビングのソファから柚子は夕暮れの街を見つめている。
 傍らではクロが寄り添うように丸まって気持ちよさそうに目を閉じていた。
「クロ、体調はどう?」
 ふわふわの黒い毛を撫でながら、柚子はここ最近の出来事について考えをめぐらせていた。
 すべての始まりはクロに出会ったことだった。
 翔吾との寂しい新婚生活を送る中で、なぜか運命を感じてしまい思わず連れて帰ってきた。
 一緒に暮らしはじめてからまだそんなに日は経っていないけれど、彼女はもうすっかり家族の一員で、あの時出会えてよかったと心から思う。
 でもそのクロの妊娠が、翔吾に大変な誤解を与えてしまうことになったのだ。
 そしてその誤解は未だに解くことができていない。
 本当は臨海公園へ行った日に、彼に真実を告げるつもりだった。
 けれど、その前に彼から言われた言葉の意味をよく考えてみようと思ったのだ。
 それが今の自分にどうしても必要だと思ったから。
 柚子が翔吾に与えてしまった誤解は絶対にいけないことだったけれど、そのことが柚子の心境を大きく変えたことは確かだった。
 誰からもなにも期待されてない、夫からも愛されていないと自分で自分を卑下しては、ずっと殻に閉じこもっていた。
 たとえ褒められたとしても、その言葉を素直に受け止めようともしなかった。
 でも今は違う。
 翔吾がくれた温かい言葉たちが柚子の胸の中に輝きを放ちながら存在していて、自分を強くしてくれている、そんな風に感じていた。
「クロ、私クロが羨ましい」
 柚子はポツリと呟いて、自分のお腹に手をあてる。
 ここに翔吾との新しい命があればどんなにいいかと柚子は思う。
 それは翔吾に嘘をついてしまった、その罪悪感から逃れるためだけでは決してない。
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