政略結婚ですが、身ごもったら極上御曹司に蕩けるほど愛されました
 翔吾と本当に信頼し合える夫婦となって彼との子どもを生み、ともに愛しみ、育てていきたいという気持ちが柚子の中に芽生えていた。
 それは今までの柚子ならばとても考えられないことだった。
 いつも自信がなくて自分のことで精一杯でまさか自分が母親になることなど想像もつかなかったから。
 今は違う。
 柚子には柚子のいいところがあると言ってくれた彼と、たったひとつの命を大切にしていきたい……!
 ……でも、残念ながらその夢は叶わない。
 柚子のお腹に新しい命などいないのだから。
 それでも。
 まったくなにもない、というわけではないと柚子は思う。
 目を閉じると感じる、あの時の翔吾の手の温もり。
 あの日ここに、彼はそれまで柚子が持っていなかったあるものを植え付けてくれた。
「私は私でいいところがあるんだよね。それを大切にしていけば、それでいいんだ」
 そう呟いて、柚子はまたクロを撫でる。
 真実を彼に話したら、ふたりの関係はいったいどうなってしまうのか、それはまったくわからない。
 それでもそれをただ嘆き悲しむだけの自分ではもうないと柚子は思う。
 翔吾がくれた自分に対する"自信"が、たとえどんな道だとしても柚子に次の一歩を踏み出させてくれるだろう。
「でももしも、翔君が許してくれるなら、私もクロみたいに、赤ちゃんを生んで、お母さんになりたいな」
 オレンジ色に輝く街を柚子はいつまでも見つめていた。
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