政略結婚ですが、身ごもったら極上御曹司に蕩けるほど愛されました
疑念
 テーブルの上に置きっぱなしにしていた柚子の携帯がマナーモードのまま、ムーンムーンと音を立てる。
 クロが耳をぴくりとさせた。
 彼女を安心させるようにとんとんと優しく合図を送ってから、柚子はゆっくりと立ち上がる。
 画面を確認すると、翔吾からの着信だった。
「はい」
「柚子、体調はどうだ?」
 出るとすぐに、そう問いかけられる。
 柚子はくすりと笑みを漏らした。
 ここ数日、彼は夕方になると時間を見つけてはこんな風に連絡をくれる。
 柚子の体調に変わりはないかを確認し、帰りは何時くらいになりそうかをおしえてくれるのだ。
「大丈夫」
 答えると、電話の向こうで安堵のため息をついた気配がする。
 そしてまた話し始めた。
「そうか。今日はそれほど遅くはならない。夕食には帰るよ。でももしなにかあればいつでも電話してくれ、プライマリーホテルにいるから」
 プライマリーホテルは柚子と翔吾が住むマンションから徒歩圏内にある五つ星ホテルだ。
 なにかの会合か、あるいは人と会う予定があるのだろう。
「わかった」
 柚子はそう答えてから、携帯を握る手に力を込めた。
「あの、翔君」
「ん?」
「私、翔君に話があるの。どうしても今日話したい。だから、今日時間をもらっていてもいい?」
 今の心境なら落ち着いて話をできると柚子は確信していた。
 自分が妊娠していると誤解させるつもりはまったくなかったこと、でも途中からどうしても言いづらくなってしまったこと。
 でもそのことで、今まで思いもしなかった翔吾の想いや良子の考え、それから自分自身を知ることができたこと。
 彼ならきっと、ちゃんと柚子の話を最後まで聞いてくれるだろう。
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