政略結婚ですが、身ごもったら極上御曹司に蕩けるほど愛されました
「……ず? 柚子? 聞いてるの?」
「あ、うん。聞こえてるよ」
 そう答えてから、時間と場所を確認して電話を切る。
 でも胸の鼓動はまったくおさまらなかった。
 翔吾と沙希のふたりが今プライマリーホテルにいる。その事実が柚子の胸を掻き乱した。
 ふたりが柚子を裏切るわけがないと、柚子は自分に言い聞かせる。
 ふたりとも柚子が最も信頼している大好きな大好きな人たちなのだ。
 いつも柚子を大切にしてくれている。
 でもだからこそ、これ以上ないくらいお似合いのふたりなのだと、柚子の中の弱い自分が囁いた。
 もともとは婚約者同士だったのだ。たとえふたりにその気がなくても、本当に偶然会ったとしても、会ってしまえばどうなるかわからないじゃないか。
 柚子はギュッと目を閉じて一生懸命に嫌な考えを振り切ろうとする。
 でもどうにもうまくいかなかった。
 プライマリーホテルはロビー横のラウンジが明るくて静かだから、人と会う時にはよく利用すると以前翔吾が言っていた。
 このマンションから本当にすぐ近くだ。
 ちょっと行って見てくるくらいいいじゃない。
 こっそりとラウンジで翔吾が仕事相手の誰かと会っているのを確認する。
 それだけで安心できるのだから。
 右手の拳を握り締めて、柚子はゆっくりと目を開く。そしてテーブルの上の鍵を掴むと、玄関を飛び出した。
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