政略結婚ですが、身ごもったら極上御曹司に蕩けるほど愛されました
 人がまばらな高級感に満ちた静かなロビー。
 そこに、柚子が会いたい人はいた。
 百八十センチの長身にダークブラウンのスーツを着こなして、どこか優雅な身のこなしでラウンジの方向から歩いてくる。
 傍らに背の高い女性を伴っていた。
 お姉ちゃんだ!
 そう思った瞬間に、柚子は反射的に駆け出した。
 柚子と別れた時よりも伸びた明るい色の髪をなびかせて、輝くような笑顔を翔吾に向けている。
 随分と久しぶりに見るけれど、彼女が持つ魅力的な明るい空気感はなにも変わっていなかった。
 まさに翔吾の隣に立つのにふさわしい女性像そのものだ。
 でも柚子は、納得できなかった。
 生まれてはじめて、それは違うと姉に対して強い憤りを感じていた。
 彼の隣にいるべきなのは、私なのだ。
 臨海公園で彼は柚子に本当の夫婦になろうと言ってくれた。
 あの言葉は柚子に対してのものなのだ。
 たしかに柚子には取り柄はない。
 平凡でなにをやっても、普通。
 でも柚子にだって、いいところがある。
 彼がそう言ってくれるなら、自分だって彼の隣にいていいはずだ!
「翔君……!」
 浅い息で愛おしい人の名を口にすると、ふたりがこちらに気が付いた。
 ふたりとも驚き目を見開いている。
「柚子じゃない! 久しぶり! 今連絡しようと思ってたところよ」
 沙希がそう言って、柚子に向かって微笑みかける。
 柚子はそれには答えずに、眉を寄せて驚いた表情のままの翔吾の腕を取った。
「柚子……、走って……大丈夫なのか?」
 困惑したような翔吾の声を聞きながら、柚子は姉をジッと見据える。
 そして一旦息を呑んで、決意を込めて口を開いた。
「お姉ちゃん、ダメ! ダメなの。たとえお姉ちゃんでも翔君は渡せない」
 沙希が驚いたように目を開いた。
「翔君はもう私の……私の旦那さまなの。たとえお姉ちゃんでも、絶対に譲らない。だって、私、私……」
 柚子はそこで言葉を切って、もう一度息を呑む。そして今、胸の中をいっぱいに満たしている、その想いを口にした。
「だって私、翔君を愛しているんだもの! ずっとずっと小さい頃から翔君だけが好きだったの。今さら、今さらお姉ちゃんが戻ってきても……!」
「柚子……?」
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