政略結婚ですが、身ごもったら極上御曹司に蕩けるほど愛されました
 翔吾が戸惑っているのが空気を通して伝わってくる。
 そんなこと今言われてもと思われているに違いない。それでも聞いてほしかった。
「翔君、私……」
 柚子は腕に力を込めて、背の高い彼を見上げる。でもその時——。
 ぐにゃりと柚子の視界が歪んだ。
 脚に力が入らずに翔吾の腕を掴んでいるはずの手の力も抜けてゆく。
「柚子‼︎」
 はじめて聞くような余裕のない翔吾の声。
 明るいはずのホテルのロビーがだんだんと暗くなっていく。
「柚子‼︎ 大丈夫か⁉︎」
 翔吾の必死の問いかけにも応えることはできなかった。
「救急車を呼んでくれ‼︎ 沙希、柚子は妊娠してるんだ‼︎」
 悲痛な翔吾の叫びを遠くに聞いて、否定しなくてはと柚子は思う。
 私は妊娠していない。
 ただ少し体調不良で食欲がなかっただけなのだと。
 でもやはりその言葉を口にすることはできなかった。
「柚子!」
 もう一度、翔吾の叫びを聞いて、柚子の意識は真っ黒な闇に閉ざされた。
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