政略結婚ですが、身ごもったら極上御曹司に蕩けるほど愛されました
柚子の告白
 温かい大きな手に頭を優しく撫でられている。
 なにも心配ごとのない幸せな空間に自分はいる。そんな気がして、すっかり安心して、柚子の意識は浮上する。
 ゆっくりと目を開くと、明るい白い天井をバックに心配そうにこちらを覗き込む翔吾の顔があった。
「柚子、気が付いたのか」
 尋ねながら、翔吾は柚子の枕元のボタンを押す。
 すぐに返答があり、彼は「目を覚ました」と告げている。
 柚子はここが病院だと気が付いた。
 でもなぜ?
 まだ少しぼんやりとする意識の中、柚子は考えを巡らせる。そして自分の記憶がホテルのロビーで途切れていることに思いあたった。
「私……?」
 掠れた声で、ようやくそれだけを言うと、「倒れたんだ」と翔吾が眉を寄せて答えた。
 その時、ドアが開いて医師と看護師が現れる。そして彼らは少し慌しく柚子の様子を確認していく。
 血圧、体温……ひと通り確認し終えると、医師はにっこりと柚子と翔吾に微笑みかけた。
「軽い貧血でしょう。つわりであまりものを食べられていなかったようですね。点滴をしましたから、もう安心ですよ。ただ、念のため今夜一晩はこのまま入院してください」
 そう言って医師は部屋を出てゆく。
「ありがとうございました」
 翔吾が安堵のため息をついた。
 一方で柚子は身の置き所がないような気持ちだった。
 ゆずが妊娠しているなんていう誤解が、ついに翔吾以外の第三者にも伝わってしまった。
 つわりなんてあるはずもない話なのに。
「柚子、無理をしたらダメだとあれほど言っただろう? 俺に用事があるなら携帯を鳴らせと言ったのに、よりによって走って直接来るなんて。それに母子手帳はどうしたんだ? 持ち歩かなきゃダメじゃないか」
 眉を寄せて彼にしては珍しく小言のような言葉を口にする翔吾に、柚子の点滴を交換しながら看護師がくすりと笑みを漏らした。
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