政略結婚ですが、身ごもったら極上御曹司に蕩けるほど愛されました
「青い顔の柚子が走ってきただけでも俺にとっては冷や汗ものだったのに、そのまま気を失ったんだぞ。あんな気持ちになったのは生まれてはじめてだったよ。柚子になにかあったら、俺はどうすればいいんだと……。頼むからもうこれ以上無理は……」
「しょ、翔君!」
 柚子の手を握りしめて、人目も気にせずにくどくど言い続ける翔吾を柚子は少し慌てて止める。
 看護師の女性がまたくすりと笑みを漏らした。
 過保護な翔吾がなんだかとても恥ずかしかった。
「す、すみません……」
 柚子は思わず謝罪の言葉を口にする。だがそこへ優しく微笑みながら看護師が意外な言葉を口にした。
「ふふふ、いいえ。旦那さまとても心配されてたんですよ。でも倒れられた時にしっかりと受け止めてくださったようですから、お腹の赤ちゃんは元気です。安心して下さいね」
 まるで確認したかのように彼女は言う。
「赤ちゃん……?」
 柚子は呟いた。
「ええ、十一週に入ったくらいですよね。さっき念のため産科の先生に検査していただきましたけど心拍も確認できました。通われている産院に今回のことをご報告しておきますから、後で産院の名前と、母子手帳を見せて下さい」
「検査を……?」
 柚子が首を傾げると、看護師の女性が力強く頷いた。
「ええ、順調でしたよ」
「そんな……!」
 柚子は思わず声をあげる。そして頭の中にある考えをそのまま口に出した。
「だってあれは誤解なのに……!」
 その言葉に、翔吾と女性が眉を寄せて、怪訝な表情になる。
 それでも柚子はかまわずに翔吾に向かって首を振った。
「翔吾、あれは誤解なの! 私、妊娠なんてしていない」
 柚子の様子に、看護師の女性がなにかを言いかけるように口を開く。
 それを翔吾が止めた。
「あの……彼女は少し混乱しているようです。大丈夫ですから、ふたりだけにしていただけますか。なにかありましたらすぐに呼びますから」
 その言葉に、女性は納得したように頷いて部屋を出て行った。
 静かにドアが閉まるのを確認して、翔吾が柚子の手を優しく握り直す。
 そして柚子に向き直った。
「柚子」
 いつもの温かい優しい眼差しの中に、ほんの少しだけ咎めるような色を浮かべて。
「どういうことだ?」
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