空を舞う金魚
「綾城さん」
混乱していた千秋の耳に、渡瀬の声がはっきり聞こえた。ふっと顔を上げて渡瀬を見ると。渡瀬が千秋に向かって手を差し伸べていた。
「……取り敢えず、行こう。あんまり遅れると、滝川さんたちに悪い」
差し伸べられた手に、何も考えず右手を乗せた。思いの外力強く握り返されて、今は渡瀬が此処に居ることを示していた。
……でも、ずっとじゃない。
千秋の胸の底に苦いものが滲みだしてきた。それが喉の奥にせり上がって来たのを感じて、千秋は喉を締めて耐えた。
……此処で泣いちゃいけない。その資格が、私にはない……。
千秋は渡瀬に手を引かれながら、ずっと歯を食いしばっていた。……何もかも、忘れたかった……。