空を舞う金魚
ごみを集積所に捨てて部に戻ってくると、給湯室に置かれていたマグカップを洗う。従業員それぞれ柄が違って、個性豊かだ。ふと足音がしたので入り口の方を見ると、渡瀬が其処に立っていた。
「あ……」
「……綾城、さん……」
渡瀬は確認するように千秋の名前を呼んだ。どくりと心臓が走って、背筋が緊張する。
渡瀬が手にマグカップを持っていたので、受け取ろうと思って声を掛けると、やっぱり呼ばれて遮られた。
「渡瀬さん、マグカップ、洗います、から……」
「桜ヶ丘高校の、綾城さん、だよね?」
あの頃と違ってメイクもしてるし髪型も変わったのに、渡瀬くんは真っすぐ千秋を射抜くような視線で見つめてくる。逸らされないそれに観念して、小さく頷いた。
「……俺の事、覚えてない?」
忘れる筈がない。教室の埃みたいに見向きもされなかった千秋を、初めて見てくれた人だ。忘れる筈が、ない。
でも、最初の時に知らない、と言ってしまった手前、頷くのを躊躇った。それなのに渡瀬はそれを肯定と取った。少し安心したように微笑んで、マグカップを渡してくる。
「また会えて、良かったよ」